文句たれ日記飛び地の避難所

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せみ

昨日からいきなり暑くなった。

先週まで霜の降りる所もあった十勝平野だが、昨日は28度くらいまで気温が上昇。いきなりセミが鳴き出した。風は冷たいのでそれほど不快では無いのが北海道のいいところだが、それでもこの寒暖差はなかなか。

ところで昨日は小学校の運動会だった。まあ毎年似たような種目だし、5・6年生の集団種目といえば当地ではよさこいソーランなのだが、昨年と曲も振り付けも同じ。6年生にとっては実に楽ちんな演目だろうし、見てる方もちょっと飽きる。その上おいらは、よさこいソーラン大嫌いだし。子供の前では大声では言えないが。運動会程度なら微笑ましいのだが、毎年札幌で開催されてるやつなんてニュースで見るだけで吐き気がする。生で見るなんてとんでもない、ってくらい嫌いだ。

大集団で単一の振り付けを群舞する、ってのがまず気持ち悪い。多少の動作時間差とかバリエーションはあるものの、基本は全員一緒。まるで北朝鮮の軍事パレードを見てるようだ。古い所では原宿にいた竹の子族。衣装も似てるしね。脳味噌は二の次で統制第一ってのがとにかくイヤ。

皆で一緒に何かをする、何かのために努力する、ってのは嫌いじゃない。どちらかと言えば好き。しかしそれは一人では難しい事・得手不得手を補い合えるから相乗効果が出るし変化に適応しやすいから良いのであって、全員で同じ事をやるのでは単に手数が人数倍されるだけだ。そもそも単一能力に秀でた生物は環境適応に弱く自滅しやすいが、そんな危うさをよさこいに感じる。所詮は踊りだから生物学的な議論など考えすぎだろうが、気持ち悪さはこの辺からも来ている。本能的なものだ。

次にイヤなのが、よさこい好きな人たちってのは他の人も皆よさこいソーランが好きだと決めつけている事。嫌いな人がいるなんて考えもしないらしい。たまにチームへの勧誘を受けたりするのだが、入りたいか入りたくないか、好きか嫌いかは一回も聞かれた事がない。時間の都合と他のチームに入っているかどうかだけ確認される。よさこいに興味無いというと、すごく不思議な顔をされる。ふざけんな。

最近は面倒くさいので、膝が悪いので踊れない、という事にしているが(ある程度事実だが)、そうすると心底同情される。それも膝に同情されるのではなく参加できない事に同情されるのだ。実に気分が悪い。

町や市のイベントでも、「札幌の大会で何位に入ったどこそこのチームが出演!」とかが前面に押し出される。そんなんイベントの目玉が無いってことを公言してるだけじゃないのか。恥ずかしくないのかな。

世の中、価値観の多様性とか言われて久しいが、本当にそうなのか。実はモノリシック化が進んでて結構危ない状態なんじゃないか。国家の崖っぷち度は北朝鮮と大差ないのかも。財政状態が酷いにも関わらず未だに政治はバラマキで国債で抜け道だらけの所得税で。出口課税と入口課税の違いも理解しようとしないで消費税に反対してみたり。子供たちの世代にはIMF介入してもいいんですか。集団で踊ってる連中なんて、政府からみたら誘導しやすい良いカモだと思うんだけどね、ってのは言い過ぎか?